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GO が生き延びるには、Kに火をつけるしかなく、残り時間はもう数分しかなかった。 しかし、それがかえって幸いした。
「わかった。 その線で行こう二週間以内に、話をまとめてくれ」ずっと黙って聞いていたCは、この突然の命令に驚いた二週間ではとても無理だまして、ぼくが提案した。
ことは、これまで詰めてきた話とはまるで性質が違う。 Cはそう思ったにちがいない「Jご苦労さん」そう言うと、コートをはおり、急いで出ていった玄関まで帰るあいだ、ほとんど口をきかなかった。
ぼくは、提案の概要を書面にしてファックスで送るから、どんどん話を進めようとせっついた「そうしてもらうと助かる」そう言って、髪をかきむしったぼくは空港に向かった。 翌朝、ぼくは早く起きて提案書を書き上げ、九時前にファックスした。
ニューヨーク時間でも、それを受け取ってから半日仕事ができる。 とにかく話を早く進めたかった。
GO の資金切れを避けたいこともあったが、それ以上に、一刻も早くフロリダに飛んで、父の顔を見たかったからだ。 その電話はかかってこなかった。
そして、火曜日も遅くなってから、ようやくつかまえた。 ほかのことに忙殺されてと言い訳した。
アモンクで会ったときに、二週間以内にまとめろと指示を出したのだ。 ほかのことにかまけているというのはおかしい。

もう少し時間をくれと言い、感謝祭の前に電話をすると約束した。 その週末から感謝祭の休暇がはじまるから、金曜までには電話をくれるという意味だ。
そして、呆れたことに、二週間が過ぎても、なしのつぶてだった。 今になっても、いったい何が起こったのか、さっぱりわからない。
この話だけはなんとかまとめたかったが、ぼくにはそれよりも大切なことがあった。 Iとの交渉は長引きそうだとわかったので、ぼくはスタッフを集めて、父のことを話した。
「どれだけ向こうにいることになるかわからない。 言っておくけど、変な遠慮はいらない昼でも夜でも、いつでも電話してくれ」雇用条件を承認できず、書類に署名できず、I への働きかけができなくなれば、仕事に急ブレーキがかかることはわかっていたKには、状況がいかに深刻かがわかっている。
Iとの交渉成立が一日延びるごとに、資金切れの日が近づいてくる。 しかし、二人とも、安心して行ってこいと言ってくれた(実際、二人はぼくの穴をよく埋めてくれた)ぼくは空港に向かった。

もう助からないとわかった。 患者は、たとえ病院のほうがなにかと便利でも、冷たく寂しい環境を離れ、わが家に帰って最後の時を迎えるパ ムビーチでは、それが当たり前のことになっている。
しかし、家族にとっては、大きな負担になる最後の看病をどうすればいいのか物理的にも、ができていないのが普通だからだ。 ぼくは家に着くと、まっすぐに父のベッドへ向かった。
母はその部屋を、司令本部のように変えていた。 いろいろな調節ができる医療用ベッドが中央に置かれ、そのまわりを囲むテーブルの上には、モニターやカテテルなど、レンタル機器が所狭しとならべられ、数えきれないほどの薬品と鎮痛剤が用意されていた母は看護婦を雇い、昼間は父のベッドから離れていた。
ぼくが着いたとき、夜の問、父に付き添うのは母しかいなかった。 それはすぐに交代制にした。
父の容態は急速に悪化し、もはや立つことも、自分で用を足すこともできなかった。 骨にさわれると思うほどやせ衰え、肌は蝋のように青白く、その下から血管が浮き出ている大人用のおむつをつけ、Tシャツを着ていたベッドの手すりに、透明のビニール袋がぶらさげられ、そこから伸びた管は、おむつの下に通じているよ。
どんだ黄色い液体が管の中を数センチ進んでは止まる付き添う者は、父が寝ている問、唇がひび割れないように、濡れたテツシュでこまめに唇をふいてあげる喉が渇いたと思ったら、スポイトで水を口に含ませてあげる人間がこんな姿になるとは知らなかった。 ここまで弱ってしまった父をみて、ショックを受けた。
このまえ会ったときは、九ホールだけ回ろうと、さかんに母を口説いていたいつもいっしょに回る仲間が、その日は付き合ってくれないらしかった。 無理もないその日は、かなり雨が降っていた。
祖母がよく言っていた「マレ (父〕のゴルフ場には、雨も雪も降ったことがないし弟と二人の妹は、かなり前からパムビチに来ていたジエロルドが来ましたよ」母が父の耳元にささやいた。 ぼくは父の手を取って声をかけた「父さん、ぼくだよ」父はゆっくりとぼくのほうに顔を向け、笑った目は宙をさまよい、焦点が定まらない細い指が弱々しく、ぼくの指にからまってきた。
そして、もう一方の腕がかすかに上がったHを指さしているらしい父は口をあけ、ゆっくりと息を吸い込んだ何か言うのだろう。 ぼくと母は身をかがめた弱いしゃがれ声だった。
ぼくは胸が張り裂けそうだったアイラ一イクユアタイ驚いたことに、母は明るい声を出した。 「Hいいネクタイだねってお父さんが」ぼくは、母の言葉を訂正しようとは思わなかった。
これが、最後に聞いた父の声だった。 それからすぐに、父は昏睡状態に入ってしまった。

それからの数日間、母の新しい面を発見する思いだった。 それまでは、わがままで社交好きな女だと思うことが多かった。
毎晩毎晩、出かけて行くのは大変だとかこんなにたくさんの人たちに、招待されたお返しをするのは大変だとかそんなことばかりを言っていた。 しかし、父が息を引き取るまでの数週間、母はただひたすら父に尽くした。
泣き言はひとことも言わなかった。 それまで、そんな母を見たことは一度もな冶コ 品M て争れある朝、電話がかかってきた「マイアミブRパンクのドクターと申します」感じのいい女の人の声だった。
聞いたことのない名前だったが、向こうはこちらを知っているような口ぶりだった。 「大変な時だということはお察ししますが、ぜひともお願いしなければならないことがあります。
お父さまは、パーキンソン病の初期段階だとうかがっています」それは本当だった。 父はゴルフができなくなることを心配していた「わたしどもはその病気を研究しております。
それで、あと、脳を寄付していただけると大変ありがたいのですが」ぼくは言葉が出なかった。 教育がなぜ大事なのか、父はいつもこう言っていた「金も、会社も、家も、取られることがあるかもしれんしかし、脳味噌だけは、絶対に取られることがない」「百九談でしょう」「いいえ死ぬほど真面目にお願いしているのです」こんな時に、「死ぬほど」なんて言葉は使うなぼくは思わずむっとした。

「ご遺体をマイアミにある当方の施設にお運びするのは、こちらで手配します。 そして、数時間以内に、パ ムビーチの葬儀場にお返しします」言わないほうがいいかとも思ったが、いちおう、母に相談してみた驚いたことに、母は寄付すると言うのだ。
それで、ぼくが手続きをし、母は必要な書類に署名した。 父の病状は日増しに悪化していった理解しがたいことだが、担当の医者に来診してもらうのが難しかった。
父のブリッジ仲間のひとりに、医学博士の息子がいることがわかり、その人に相談すると、診てくれるというその人は、仕事に行く途中に、朝早く、家に寄ってくれた「あと数週間、このような状態が続く可能性があります。 すぐにこうした状態が終わるとは、お考えにならないよう」その人は診察のあと、そう言い残して帰っていった家族の手でなんとかする以外にどうしょうもないらしい。

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